遊星が風邪引いた

注意

・サティスファクション・タウン(92話)から帰った後。

・台詞一部引用。『罪に濡れたふたり』『ベルセルク』。私は罪に~が好き過ぎるな…orz

それでもよければどうぞ。

 

 サティスファクション・タウンからの帰り道、遊星の異変に気づいたのはジャックだけであった。家に着くと、ジャックは颯爽と遊星を担ぎ上げ、あっけにとられたクロウや、迎えに出たブルーノ、アキ、龍亞、龍可を無視して通り過ぎると真っ直ぐに遊星の部屋へ入った。遊星をベッドに降ろすと、額に手をあてた。
「やはり…。出発する前より少し痩せた。目の下に若干クマが出ている。そして何より熱がある。遊星、風邪を引いたな。」
遊星は一瞬キョトンとすると、すぐにフッと笑った。
「お前には気づかれていたか。」
「当たり前だ。何年お前の隣にいると思ったのだ。今日はこのまま部屋でじっとしていろ。」
そう言うとジャックは部屋に出て行った。大人しく忠告を聞くことにして、久しぶりの我が家の匂いにくるまれ、遊星はベッドに身を沈めた。遠くから聞こえてくるクロウ達の騒ぐ声を子守唄代わりに、遊星は次第に意識が遠のいていくのを感じた。


―いつまで眠っていたのか。心地よい流水音の音で目が覚めた。音のする方へ目をやると、ベッドの傍らでジャックがタオルを洗面器の氷水で浸しているのが見える。
「起きたのか。」
「ああ。」
「調子はどうだ。」
遊星が上半身を起こそうとすると、眩暈を覚えて前につんのめりそうになった。慌ててジャックが支える。
「どうやらまだ直っていないみたいだな。」
「の、ようだな。」
遊星が苦笑する。
「ちょうど良かった。今さっき粥を持ってきた。」
「まさか、ジャックがつくったのか?」
「フン、ゾラに決まっているだろう。さぁ、食え。」
ジャックは粥の入ったお椀を差し出したが、遊星は受け取らなかった。
「いや、食欲が無い。」
「なんだと?ならば無理やりにでも俺が食わせてやる。」
ジャックはお椀を持ったまま遊星の背後に回りこむと壁に背をつけ、後ろから遊星を抱きしめる形でポジションを取った。
「これで身動きが取れまい。」
遊星は観念したのか、ジャックに背をもたれかかせると何も答えなかった。ジャックは蓮華で一さじ粥をすくうと、遊星の口元へやった。素直に口を開いて食べる。これを幾度も繰り返した。遊星が口から粥を零しそうになると、米粒が落ちないよう器用に蓮華ですくった。まるで俺は親鳥だな、と思ってジャックは苦笑した。首を回すのも辛かったので、遊星は正面を見つめたままジャックに尋ねた。
「何がおかしい?」
「フッ…こうしていると俺が親鳥で、お前が雛みたいでな…。ほら、もっと欲しいか?」
遊星はそれを聞くとしかめっつらになっていたが、しばし間をおいて、咳き込みながら苦しそうに笑い出した。今度はジャックが怪訝な顔をして問うた。
「何だ?」
「お前が親になったところを想像したらおかしくなった。育児なんてとてもできなさそうにないからな。」
「なんだと?俺がその気になれば子どもの十や二十、一人で育てられるぞ!」
遊星はあまりのおかしさでまた笑い出したが、呼吸が苦しくなって、激しく咳をした。
「フン、俺を馬鹿にした報いだな。」
そう言いつつ、ジャックは遊星の背中を優しくさすった。ひときしり咳き込んだ後ゆっくりと息を整えると、遊星は申し訳なさそうに小さな声で呟いた。
「だが俺達は男同士だ…。親になんてとてもなれないぞ。」
ジャックは呆れたように答えた。
「それが何だ。俺が遊星を好きで、遊星が俺を好きならそれで終わる話だ。」
「でも一生結婚できないんだぞ。」
「俺にとっては結婚しないことに意味がある。カードに例えるならば、お前は世界中の女をリリースしても足りないくらいの、最上級モンスターだな。だからずっと俺の手元に置いておくのだ。」
遊星はうつむいて笑いをこらえた。
「まったく…なんていう喩えなんだ…。」
「いいか!もしお前のような無口で機械バカの子どもが生まれてみろ、家庭は陰鬱になるぞ!俺はそんな暗い家など御免だな。」
「俺もお前のようにやっかいでプライドの高い子どもは苦手だな…。」
「何だと!?病気の体でありながら減らず口をたたくのはこの口か!」
やや声を荒げると、ジャックは強制的に粥を遊星の口に突っ込んだ。
「ふん、だからお前のような人間はこの世に一人で十分だ。それ以上は望まん。おかしな心配をするのなら、それよりも先に体を心配しろ!ジャンクを直せるお前ならさっさと自分の体を治せるだろう!」
そう結論付けると、ジャックはまた粥を食べさせた。お椀の中が空になると、次は薬を飲ませた。その間にすっかり洗面器の中の氷は溶けきしまっていたらしい。遊星を横たえると、新しく洗面器の水を取り替えようとベッドから離れた。突如、寒気に襲われる。さっきまで遊星の熱を帯びた体を抱きしめていた反動である。そっと遊星の首元に手をあてた。シャツが湿っている。水の交換と熱湯、それと着替えを持ってこなくては、と少し面倒に思いつつジャックは部屋を出て行った。リビングに行くとアキや龍亞達が見舞いをしたいと言いに来たが、「面会謝絶だ!」とジャックが咆えると諦めて帰っていった。


 そうしてすっかり準備が整った頃、遊星は再び寝入っていた。まず、服を脱がせる。本人の断りも無く、ジャックは行為にとりかかった。遊星のシャツを剥ぐと、その体のところどころに残された打ち身の生生しい痕に驚いた。
(また無茶をしたのか。まったくお前は…。)
半ば呆れつつ、湯に浸したタオルを絞り遊星の体を丹念に拭いた。打ち身に触れるとうめいたが、薬の副作用もあって眠り込んでいるようであった。新しいシャツを着せると、今度は下半身へ移る。無抵抗の人間を裸にするのは興奮しないといえば嘘にはなるが、それよりも遊星の体第一でさっさと済ませた。仕上げとして遊星の額に冷えたタオルを乗せると、遊星は幾分穏やかな顔になった。ベッドに腰掛けて、遊星の左頬に右手をあてて、親指の腹でゆっくりと眉をなぞる。
(まったく、お前は他人の為に無謀すぎる行動をする。その為に何度俺の肝が冷えることになったか。今度も心配かけおって…。)
それから布団の上から遊星の腹を撫でた。
(まるでつぎはぎだらけの人形だな。傷だらけではないか。どれもこれも、鬼柳の為につけられたものか。)
暗い部屋の中、遊星の荒い呼吸音だけが聞こえる。日に日に成長する姿は月光に照らされて美しかった。
(俺にも、お前のつけた傷が欲しいものだ。)
そっと人差し指を遊星の口に滑り込ませたが当然咬んでくれることもなく、呼吸が指をくすぐらせるだけであった。諦めて指を引っ込めると、ベッドに潜り込んだ。その中は遊星の熱でとても暖かかった。起きないように、優しく抱きしめる。ライバルにして人生を変えた唯一の男がこうして自分の腕の中で呼吸をしていることに、ジャックは改めて奇妙な優越感を感じた。
(こんなにも憎らしく、そしてそれを上回る程に愛しい不動遊星という男の命を、今、俺はどうにでもしてやれるのだ!)
遊星のまつ毛をじっと眺めながら、にやりと微笑んだ。
(物心ついた頃からずっと遊星の傍で生きてきた。およそ三年前、初めて遊星のいない空間を体験した。それより少し昔、孤独を求めて誰もいない廃城で独りきりになることが多くあったが、それは本当の孤独ではなかった。本当の孤独、それは遊星と決別したあの二年間だった。多くの者に傅かれ、万のファンにその雄姿を讃えられ、キングとして君臨したが心は渇くばかりで満たされることは無かった。二年ぶりの遊星とのデュエルでそれがはっきりとわかった。あのデュエルの後に、もし遊星を無理矢理に抱いていたのなら己の欲情のあまりに遊星の体中を傷つけていたかもしれない。それでも足りずにこの優越感をさらに満たそうと、殺す寸前までに陥っていただろう。)
こう思い返すと、今の自分の中に少しばかりの加虐性を認めつつも昔のように狂気じみたものではなく、傷つけることなしにこうして遊星を優しく掻き抱く自分自身の変わりようにも感慨深く感じた。改めて遊星の寝顔をまじまじと見つめると、満足してタオルを取り替えてやり、また添い寝をした。今度はジャックも深く眠りに落ちたらしい。
 気がつくと朝だった。ジャックが目覚めると、遊星は既に起きていたようで、ベッドの傍の椅子に腰掛けてコーヒーを飲みつつジャックを見つめていた。すっかり風邪が治ったようである。対して機嫌が悪そうなジャックが声をかける。
「何だ、そんなに人の顔が面白いのか?」
「恋人の寝顔を見て何が悪い。」
ぶすっとした顔のジャックに温いコーヒーが渡された。淹れてから随分時間が経ったようだ。不味そうに飲みつつ鏡を見ると、ジャックの喉元にポツンと赤い痕があった。
「寝顔を見ていたら、つい。」
遊星は悪びれず告げた。これで俺の体に一つ遊星につけられた傷ができたな、とジャックは内心喜んだが、どうにもアクセサリーで隠れそうにも無い。これは遊星に仕返ししなくては、と今晩の予定を組むのであった。