クロウクリスマス

 雪の降り積もる聖夜。希望も夢も殺がれたここサテライトでも、イベント事にはそれなりの盛況を呈していた。朽ちかけた教会から信者達の賛美歌と鐘の哭が街中に響き渡る。幾つかの廃墟には暖かな明かりが灯され、人々の笑い声が聞こえてくる。サテライトがひとときの喜びに包まれているのを横目に、収容所から釈放されたクロウは背中を丸めて一人寂しく道端をとぼとぼと歩いていた。顔は痣だらけで新しいマーカーが刻まれ、目には青タンができており、左頬は赤く熱を帯びて膨張していた。傷は顔だけでなく、服の下にも惨たらしい拷問の痕が残されている。
 延々と歩いた先に足を止めたのは、ピアスンの墓標の前であった。辺り一帯は雪に埋もれ、人影一つ無い。クロウはしゃがみ込むと手で雪を払い、ビアスンの墓石をあらわにした。雪よりも冷たい石に触れた指先は震えている。
「へっ、そっちはどうだよピアスン。楽しんでるか?」
 懐かしむように、クロウは笑顔でもの言わぬ友人に優しく語りかけた。口角をあげたせいでかさぶたが切れ、血が滲む。
「見てくれよ、この顔。セキュリティからカードをガメたのがバレちまってよ、捕まったらあいつらひでぇのな、サテライトの人間だからって容赦なく殴る蹴るだぜ。これじゃ男前の顔が台無しだぜ。」
クロウの肩に雪が降りる。
「なぁ、アンタがまだ生きてたら、チビたちも、もう少しマシな暮らしができたのかな…?」
肩は震えていたが、それは寒さのせいではなかった。
「…答えてくれよ、ピアスン!アンタ、なんで死んじまったんだ…!!」
堪えきれずにがくり、と墓に突っ伏した。白く清らかな雪が赤い血で点々と染められていく。ふいに、クロウの背後からかん高い声が聞こえてきた。
「クロウ兄ちゃん!!」
驚いて振り向き立ち上がると、そこには子どもたちの姿があった。
「お前たち…!どうしたんだよ?」
子どもたちが一斉に駆け出してクロウにしがみついてくる。
「おいおい!」
あまりにも子どもたちがのしかかってくるので、たまらずクロウは尻餅をついてしまった。
「お帰り!クロウ兄ちゃん!」
「お前たち、何でピアスンのところに?」
「今日はクリスマスだから、ピアスン兄ちゃんと一緒にお祝いしようと思って来たんだよ!」
見ると、一人の女の子の手には雑草が握られていた。サテライトの下層地域、ましてこの寒々とした冬に綺麗な花が咲くわけが無い。しなびた雑草は花束の代わりらしかった。
「そうか…。」
クロウはニッコリ笑い、順繰りに子どもたちの頭をなでた。ふと目をやると、子どもたちにやや遅れて、松葉杖をつきながら近づいてくる一人の男の子の姿があった。
「おい、ランディ!お前、その足まだ治ってなかったのかよ!」
慌てて駆け寄ると、ランディはニコニコ笑ってクロウに抱きついた。ランディの足の怪我は捕まったクロウを守ろうとしてセキュリティにたてつき、その内の心無い一人に酷く暴力を振るわれたためによってできたものであった。一応は住民の生活を守る建前から、セキュリティの暴力を流布されることを恐れた上層部は治療費に少々の慰謝料を上乗せして、ランディに金を掴ませてその口を封じたのである。
「クロウ兄ちゃんが帰ってきた時にみんなで美味しいものを食べようと思って、お金を大事にとっておいたんだよ!今日はクリスマスだから、おっきいケーキを食べようね!」
そう言うとランディは古いズボンからしわくちゃになった紙幣をクロウに差し出した。その手に嵌められた手袋は酷く汚れ、所々穴が開いている。クロウは差し出されたランディの手をそっと握り締めると、跪いて抱きしめた。
「バカヤロウ…!なんで治療しなかったんだよ。」
「だってこんな大金、僕だけに使ったらもったいないよ。ピアスンも言ってたでしょ、大事なものはみんなで分け合おうって。」
ランディの足の骨は誤った形に癒着し、もはや誰の目に見ても走れぬことは明らかであった。ランディ自身、幼いながらも、早期に治療しなければいけないことを認識していたはずである。しかしこの少年は激痛に堪え、後の障害をも甘んじて受け入れることを選択したのである。ただ、皆と美味しいものを食べられることを希望したがためである。そのことを汲み取ったクロウは涙がばれないようにランディを更に強く抱きしめ、努めて明るい調子でこう言った。
「よっしゃ、そんじゃランディのお金でいっぱい、いっぱい美味しいもの食おうな。そんで、もうちょっとしたら俺がたんまり稼いで、もっと美味しいものを食おうな。Dホイールが出来上がったら、ランディ、お前を一番に相乗りさせてやるよ。サテライトで最速の風を感じさせてやる!お前は一番速い男になれるぜ、ランディ!」
ランディはそれを聞くとニッコリ笑った。
「やったぁ!約束だよ、クロウ!」
「ああ!」
クロウは涙を拭うとランディと拳を突き合わせ、男の約束をした。その頃には一層雪が積もってきたので、慌てて集団でチキンやらケーキやらを買うために街を練り歩いた。ランディはその間中クロウに肩車をしてもらい、始終ご機嫌であった。
 楽しい夜も更け、子どもたちの寝息が聞こえる。クロウは起こさないようにそっとランディの頬を撫でた。窓に目をやると、既に雪は止みぽっかりと満月が出ていた。
(サンタさんよ、アンタを信じてるわけじゃないけど、俺の願いを叶えてくれないか。ヘッ、散々悪いことしてきていえた義理じゃないけどよ。…どうかランディが幸せになれるように、チビたちが笑って暮らせるように…)

---------------------------------------------------------------------------------------------

雪が降った日に書いたもの。